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喜んでよい事なのに
 

 喜んでよい事なのに

 
 オスプレイは危ないから搬入・配備は反対だと騒いでいる。危ないのは当た
り前だ。

理論的には空中に浮くのだろうが、あんなのが飛ぶこと自体危ないのであっ
て、所詮は金属の塊りである。

今にも頭の上から落ちてくるようなことを云っているけれど、オスプレイで
なくても、飛行場に行って見るとドデカイ飛行機がいっぱいあるではないか。
 あれは危なくないのか。

自分がイソイソ嬉々として乗るのは大丈夫で、オスプレイは危ないというの
は、どう考えてもおかしい。

人間の造ったもので、「絶対に安全」と云えるものはないと思っている。

時代の進展とともに、科学技術は進化していくのだろうが、その時々の科学
技術に照らして安全だと云えるのであって、絶対はあり得ない。

危ないから搬入・配備は駄目だというのは、云いがかりであって稚気(児戯)
にも等しい。

軍備反対⇔オスプレイ⇔アブナイ⇔搬入・配備反対の図式で眼を三角にして
いるのだ。反対のための反対であって、その理由が見つからないものだから
「アブナイ」を持ち出したのだろうと思っている。

何しろ民主党は選挙の時、自治労等の組合から支援を受けて政権を得た党だ
から、議員は猛烈な抗議と陳情を受けていることは想像に難くない。
 だから民主党議員は必死に反対しているフリ若しくはホンキを見せてその
姿勢をマスコミ・地元民に発信しなければ、次回の選挙で落とされることは
間違いないと思っているのだろう。

内閣改造で防衛大臣に指名された森本敏氏は、オスプレイ配備の意義は誰
よりも知っている男で、選挙で組合から選ばれてはいないからもっとも政治の
シガラミに遠い男でもある。

野田首相は思い切ったことをしたものだと思っている。

今回のオスプレイの搬入・配備は、車に例えて云えば、四十数年前の車を
改良しつつ部品を交換し、整備に整備を重ねて使っていたけれど時代遅れは
否めず、最新のハイブリット車に買い替えるようなものだと思っている。

だから性能等は、現用のヘリコプターと比べ物にならないと聞いている。

高額の資金を投入して十年以上も前から開発を始め、現時点では安全だと
いうことで、はるばる地球の裏側から運んできているのだ。
 今さら、やめる!と言うはずがない。

戦(たたかい)にどのような武器・弾薬・車両・航空機・艦船・ロケット等
の装備を使うかは、使う人の自由である。

性能が戦いの勝敗を決める大きな要因だと云ってもよいから開発競争は熾烈
を極める。

勝つためには手段をえらばないことは、アメリカが前大戦で日本に原爆を
2発も落とし“無辜(むこ)の殺戮”をやったではないか。

いずれの国も自国の平和と安全を守るのに自前だけではトテモ無理だから、
日本はアメリカと安全保障条約を結んで同盟関係にある。

アメリカにも色々と問題があって気に入らないことが多々あるけれど現在の
ところアメリカに代わる国は無いと思ってよいようだ。

それでも、自国のみで守れないのか?という人がいる。

スイスのように永世中立国になればよいのだろうが、GDP(国民総生産)の
1%で抑えら

れている防衛費を国家予算の数十パーセント計上することに我慢できるか。
国民皆兵という制度に耐えられるか。例えば第二次大戦中のスイスように
自らも 200機を犠牲にしながら 7,400回近く領空侵犯した連合国・枢軸国双方
の軍用機 254機をその都度撃墜するだけの覚悟があるのか。

それでは、軍備は持たず国を守るという考えを放棄すればよい!と云う人が
いる。

「力の空白は侵略を招く」ことは歴史上の厳然たる事実であって、平和と
安全をお題目として念仏のように唱えれば安心して飯が食えるというものでは
ない。

日本人は歴史上、外国から奴隷としてしいたげられたことがない国だから、
一度経験してみるのも良いのだろうが、その覚悟はありや否やと問いたい。

イヤイヤ終戦後そのような時代があったではないかと云う人もいるだろうが、
諸外国の歴史から見れば幸いなことに奴隷的扱いには程遠いものであったよう
に思う。

オスプレイの搬入・配備に当たってアメリカのために危ない思いをすること
自体トンデモナイというのだろうが、結局は日本のためでもあるのだ。

つまり、日米双方集団的自衛権を発動して補完しあうということだが、日本
の方が得るものが大きいことは、戦後の日本発展の経緯を見てみれば分かる。

オスプレイはアメリカ海兵隊の主力兵員輸送機で現用の大型ヘリの後継機で
ある。

飛行機とヘリの機能を併せ持ち、ヘリに比べ騒音が少なく、速度は約 2倍、
搭載重量は 3 倍、航続距離は 6倍の 2,200km。沖縄配備で尖閣列島の
みならず九州や朝鮮半島までもカバーできる空中給油可能な垂直離着陸輸送機で
ある。

北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出など日本の周辺環境がキナ臭く
なる中で、アメリカ海兵隊の装備・能力が向上するオスプレイの導入は日米
同盟の抑止力を高めるうえで時宜にかなった歓迎すべきことで、大いに喜んで
よいことだと思っている。

そして、オスプレイが戦力として発揮されるためには訓練が必要である。

日本上空の飛行訓練ルートは何本か決まっているようだが、少ないくらいだ
と思っている。日本全国を飛行してもらって熟知してもらいたいとも思ってい
る。ピンポイントで離発着できることから災害時の際の避難・救助にも大いに
役立つだろう。また、原発が破壊された時、過疎地住民の放射能からの緊急
避難としても大いに活躍してくれるに違いない。

飛行訓練中、飛行ルート下の河川敷やグランドに不時着することが当然ある
だろう。金属で組み立てられた物だから当たり前のことだ。その時それ見た
ことかと鬼の首を取ったように騒ぐ者がいるだろうが、無視すればよいのだ。
逆に、近くの民家の人はパイロットを招き入れてコーヒーの一杯でも供し
「ご苦労様!」とねぎらってやってくれ。

危ないから高い所を飛んでくれ!などと、馬鹿も休み休み言えといいたい。

本当に落ちた時は高かろうが低かろうが物体は下に落ちるのであって落下
地点にいる者は危ないに決まっている。羽田空港や福岡空港の飛行機離発着
状況を見るまでもなく、あれは大丈夫だがこちらは危ないなどと幼稚な話を
いい大人がキツネ顔で物申しているのは笑止千万でナサケナイ。

3.11 の際の日米両軍の「絆(きずな)作戦」にアメリカは戦闘艦船を差し
向けて助けにやってきてくれたが、艦艇は良くてオスプレイは駄目というのは
矛盾も甚だしい。オスプレイ問題で絆が脆くも崩れ去るとは思いたくないので
ある。

だけど、アメリカは同盟国として、中国が領有権を主張する尖閣諸島で事態
発生の際は日

本防衛に踏み切ると公言しているが、実際に発動するかどうかは日本側の姿勢
にかかっていると思っていい。

その疑問は、フィリピンに実例がある。フィリピンは米軍基地を追い出して
いることが日本にとって他山の石となる。米軍撤退の間隙を突き、中国軍は
比領ミスチーフ礁を軍事占領してしまっている。アメリカはフィリピンと
相互防衛条約を締結していたにもかかわらず中国の行動を座視している。
 何故か?

「フィリピン自体が軍事行動を採ろうとしなかった点が最も大きかった」と
アメリカの高官は云っている。

この事は、アメリカ(結局はフリッピン)のために集団的自衛権を発動でき
ないのなら、ワシャ知らん!と云っていることなのだ。

アメリカはイラク戦争に続きアフガニスタンの戦争を継続していて、とても
アジアで戦争に介入することは出来ない状況にあるのだが、中国の軍事占領を
フィリピンの所為(せい)にすり替えてしまったのではないかと思われても
仕方がないと思っている。

7 26日、野田首相は国会で「尖閣諸島を含むわが領土・領海で周辺国に
よる不法行為が発生した場合は、必要に応じて自衛隊を用いることも含め、
政府全体で毅然と対応する」と述べている。
 つまり、尖閣諸島への自衛隊派遣を検討していくという日本としての方針を
遅ればせながら表明したのだ。

尖閣を守るのは第一義的には日本がやる。つまり自分の国は自分で守ると
いう姿勢とアメリカのオスプレイ配備という意志が合致したといえる。

僕はオスプレイ配備の問題よりも首相のこの発言の方が重要な意味を持って
いると思っている。

冒頭から縷々オスプレイの搬入・配備問題を述べてきたが、解ろうとしない
人、解りたくない人にはいくら話しても説明不足と云い続けるだろう。

解る人、解ろうとする人には一言(ひとこと)で電光石火のごとく伝わる
ものだと思っている。とすると、これまで長々と云い過ぎたようだ。

改めて一言でいえば、「オスプレイの配備は日本にとって喜ぶべき事だ!」
で充分だ。

オスプレイ配備は日本にとって一大事!と騒ぐが、それ以上に僕が憂えてい
る事がある。

「一匹狂えば、千匹の馬が狂う」「雁がたてば鳩もたつ」「鴨のとも立ち」
「一犬影に吠ゆれば、万犬声に吠ゆ」「一犬虚に吠ゆれば、万犬実を伝う」
「狂人走れば、不狂人も走る」という同義語の“ことわざ”がある。

実に上手い表現だと思うのだが、云わんとするところは、群衆はわずかな
暗示にもたやすく動かされるという程のことで、マスコミ・ジャーナリスト・
評論家共々大合唱が始まると、僕のナケナシの脳味噌は“ホンマカイナ??”
と竿を指したくなるのである。

戦前から彼等の大合唱によるミスリードは枚挙のいとまがなく、反省は
コレッポチも無いのだが、長くなるからこの事については別の機会に譲ること
にしたい。

僕は人間や社会に幻想を抱かないようにしている。

平和と安全に関しては、常にアクティブでなければならないと思っている
男の独り言である。

                                        投稿者   osaki naosan

author:縁の下の力持さん, category:-, 13:07
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「国家」を取り戻せ
 

「国家」を取戻せ

 

「アメリカにとって核戦力は安全保障の中心であり、核戦略と核兵器はアメリカにとって特別なものである。アメリカの指導者は、核兵器の問題を軽く取り扱う岡田前外相や民主党政権を信用できなくなっているのである。 ……ワシントンの政治家たちは、あらゆる問題に優先して、国家の安全を大切だと思っている。アメリカの人々は神を信じ、個人の尊厳を最も大事だと考えている。 個人の尊厳を維持するためには、言論や宗教の自由などを尊重しなければならないが、個人と個人主義の限界は国家である。 …,・・アメリカの人々は子供に至るまで、国家を守ることが自分たちの法律をまもることであり個人の尊厳を守ることであると考えている。ところが日本の民主党の政治家たちは、国際主義と平和主義を原則にしている。 日本の民主党の政治家たちにとって、国家を守ることは絶対的な道徳ではない。 その結果、国の安全を守る究極の兵器である核兵器をないがしろにすることになっている。」

(日高義樹 : 「いまアメリカで起きている本当のこと」 (PHP))

岡田前外相は、 IQ値的な意味では、明治の指導者よりも、ずっと頭は良いだろう。 性格は誠実で頑固だという、資質は悪くない。 吉田松蔭のような人物に教育されていれば、立派な指導者になったことであろう。しかし、育つた環境が「戦後レジーム」 (日本国憲法、日米同盟、東京裁判史観) という、愚劣極まるものだ。 鳩山 ()、管 () 首相と同様、子供のようなことをやる政治家になったのも、全く不思議ではない。反日 ・反国家的で、真っ当な国家観 ・歴史観とは無縁の、 「戦後レジーム」のなかで育てば、真っ当な政治家になるほうが不思議である。 アメリカは、アメリカが作った「戰後レジーム」を、真正直に信じている日本の政治家を信用できないといっている。

 

「日頃から橋下氏の高い志、強い指導力、勇気、行動力を評価し坂本龍馬の意志を継ぐ救国の英雄になるかとひそかに期待していた私は、「大阪維新の会」が来るべき国政進出に向けて 2 13 日公表した 「船中八策」なるマニフェスト (政権公約) を読んで失望した。 ……一番肝心の安全保障 ・防衛 ・外交がそっくり抜け落ちていて、これではウソ八百の民主党のマニフェストとおなじではないか。 …天才坂本龍馬は、 日本が列強の植民地に堕する危機を先覚して維新を説き、土佐藩主山内容堂に「船中八策」を提して「大政奉還」「天皇親政」「憲法制定」「国会創設」「不平等条約改定」「海軍の増強」を命を賭して建白した。・・・ …6カ国協議構成国の首脳交代、普天間問題以来の日米関係冷却、北朝鮮での金正恩の世襲と核武装、ノドンの脅威、中国の「核心的利益」と広言し始めた尖閣諸島への領土的野心など軍事的、外交的危機を実感した国民が今、政治に求めていることは、国家の安全と国民の安心、孫の代に他国の属国にならないことである。また、龍馬の「船中八策」は、「中央集権 ・富国強兵」の愛国心の発露で命がけの提言だったが、 「維新の会」のそれは「地方分権 ・地域主権」の提言であって、方向性は真逆なのだ。政策提言に命をかけている政治家はいないから人を動かす気迫がない。」

(佐々淳行 : 「「維新」の「船中八策」に異議あり」産経新聞「正論」 24.2.24)

 

今の日本に最も必要なのは、「国家」である。 アメリカの TPP に立ち向かうためにも、 中国の革事的脅威に立ち向かうためにも、強力な「国家」が必要だ。 「地方分権 ・地域主権」を、「国家」なき、 「戦後レジーム」の日本でやることは、亡国以外の結果をもたらさないだろう。 「戦後レジーム」は、アメリカの占領政策の延長であり、 日本国を一人前の国にしないための頚木である。反日 ・反国家的性格が、その根本にある。 それ故、現在の日本の抜本的改革とは、反「戦後レジーム」でなくてはならない。 大阪維新の会の「船中八策」のような、 「戦後レジム」のシッポを引きずっている改革は真の改革ではない、日本を徒に消耗させるだけだ。

TPP の作業部会は二四もあるわけです。農業の間題はその一つにすぎません。 ……金融と投資が入れば、外国企業は実質的に何でもできるようになります。 投資の自由化は、あまりにも影響力が大きすぎるために、 WT0 でも自由化の対象外としてきたほどなのです。 ……アメリカの防衛産業は、世界的な競争力を持っています。 TPP で政府調達が自由化された場合、日本の防衛産業はアメリカ企業と競争できるでしょうか。日本の需要をアメリカ企業に取られると、税金を使つて、アメリカの防衛産業を潤すことになります。 日本の防衛産業は潰滅状態になるでしょう。 ・・・現在の日本は、中国との軍事バランスを崩さないために、防衛産業に投資しなければいけない、大切な時期を迎えています。 TPP で日本の防衛産業が競争に負けてしまうと、日本の経済成長、国富増大にマイナスになるだけでなく、安全保障にも支障をきたします。軍事バランスの崩壊は、戦争ににつながります。 中国が軍事費を増やすなら、日本も増やすのは当たり前のことです。 それは日本人のためだけでなく、中国人民のためでもあり、世界平和につながることです。 ,-・・・・アメリカのすごいところは、世界最大の貿易赤字国にも関わらず、農業、資源エネルギー、そして防衛産業の三つだけは、完璧に自国で維持していることです。国の根幹に関わるこの三つの分野でアメリカは圧倒的な競争力を保っています。 国内だけで、自給できる体制を整えています。 (中野剛志 責任編集「TPP 開国論のウソ」飛鳥新社)

TPP は経済のみではなく、国家の在り方が問われている。 国家観なき民主党政権、財界、マスコミが TPP を主導することは極めて危ない。 日本には、「日本国の解体」 とも言える 「反国家的在り方」を提唱する反面、アメリカ自身は、国家 ・ 国防を至上のものとする。 日本がアメリカに学ぶべきは、アメリカの主張・提案する内容ではなく、アメリカという国家の根本の在り方だ。

「…僕は核は必要ないと思う。 世界で唯一、原爆を落とされた国として、核武装だけはどんな事があってもやってはならないと思う。そう思っていた時、オバマ米大続領が興味深い発言をしていた。 チェコのプラハで 4 5 日、核兵器廃絶を訴えて、こう演説した。 「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある。 米単独の取り組みでは成功もおぼつかないが、指導的な役割を果たす事や行動を始める事は出来る」そして、「核兵器のない世界の平和と安全保障」を米国は目指すと言った。これは大きな進歩だ。 …アメリカは「大きな理想」を打ち出しているのに、 日本だけが、自国のことのみを考えて、「核武装」を言い出すなど恥かしい話だ。 …」    (鈴木邦男 : 「愛国と米国」 (平凡社新書))

 

「最強の武器を持つ」 ことは、国防の基本だ。 明治、大正の日本が、当時の最強兵器、戦艦を持たないという選択はなかった。

鈴木邦男氏はバリバリの右翼だそうだが、現在の日本では、右翼までもが、 「戦後レジーム」並みに愚劣である。 国家 ・国防に関する徹底した現実感覚の欠如は「戦後レジーム」の精神の特徴である。右翼でさえも、国家の防衛よりも非核を上位に置き、アメリカに国防の根幹を依存していることよりも、核武装を恥かしいと感ずる。 日本人は、単に戦争に負けただけなのに、いつまで「戦後レジーム」という愚劣で、倒錯した体制に安住しているのか。

日本がやるべきは反「戦後レジ一ム」、すなわち、 日本国憲法を改廃して、 自主防衛 ・重武装の独立自尊の国を創ること、 中野氏の主張のように、国防産業を守り、 これに大規模な投資を行うことだ。会員  小林正和 (7 0)

author:縁の下の力持さん, category:-, 14:17
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重層的国家の構築
 

重 層 的 国 家

 

                 会員 小林正和
「蒟蒻問答」 は「TPP 賛成派はバカか売国奴」 と言う

「…条約は国内法より優位にある。すなわち、 ISD 条項は日本が定める種々の規制の上位に立つ。 一種の治外法権を許すに等しい。 問題は農業に眼らない。金融から医療、保険、建設、さらには商法から司法まで万般におよぶ。

ウオール街の強欲に発する経済不況のツケを、アメリカは世界に押しつけようと様々に画策する。それがアメリカが唱えるグローバリズムの正体だ。」

TPP 参加は、「この国のかたち」を変える。

TPP は関税撤廃を目指す。 明治の元勲らは、関税自主権の獲得と西洋列強が維持する治外法権の撤廃に腐心した。 ともに日本の国柄をまもるためだ。百年後のいま、なぜ自らこれを捨てるのか。

ドルは、痩せても枯れても基軸通貨だ。これをいくらでも刷れるアメリカが、最後に望みを賠けるのがグローバリズムだ。 TPP は弱肉強食の論理だ。 そんなものにホイホイ乗っかっていいわけがない。日本経営の要諦は三つ。安全保障、エネルギー資源、食料の確保だ。

かって、池田勇人の首相秘書官を務めた伊藤昌哉によると、英国のマクミラン首相との会談後、池田は「日本に (強力な) 軍事力があったらなあ。 俺の発言権は今日のそれを十倍にしたろう」とこぼしたという。 吉田も池田も、 日本は核武装が必要だと切実に考えていたんです。 政治の主体性を求めながら、TPP 論議から憲法改正、核武装論へと直結していかない日本人のメンタリティこそ悲劇的なんですよ。」

(堤、久保 : 「蒟蒻問答」 WILL 24.1)

現代日本の「正気」、 「正論」は「蒟蒻問答」 の中にある。

現在日本の国家の基軸「戦後レジーム」 (日本国憲法、日米同盟、東京裁判史観) が、既に十分にバカで売国的である。自国の歴史を歪め、独立 ・自尊の国家を目指さないことを、基本精神としている体制はバカで売国的ではないのか。

また、国柄も国家主権も全く重視しない TPP は「戦後レジーム」の精神と共通している。 この体制の下で、 TPP に賛成するバカと売国奴が盛大に現れるのは当然過ぎるほど当然のことだ。

グローバリズムの時代こそ、国家はより強固でなくてはならない。 TPP は普通の自由貿易協定ではない。治外法権、アメリカ標準の強制、国柄の破壊など、アメリカの多国籍企業の利益のために、 日本国家を解体しかねないものだ。

「原始民族で国土、国家、言語を持ち、一億人以上の人ロを擁しているのは世界で日本だけであり、 日本は現存する唯一の古代国家なのである。有史以前の古い言語が現在に存続していることは、筆舌に尽くし難い価値がある。」

(竹田恒泰 : 「日本はなぜ世界でいちばん人気があるか」 (PHP 新書))

全くこの通りである。グローバリズムが、アメリカの経済ナショナリズムであれば、これに対抗するのは、唯一の古代国家としての日本の国柄を堅持しようとするこのような価値観だ。

渡辺利夫氏は以下のように主張する。

「「ポストモダン」ともいうべき妖怪が現代日本の知識人や政治家の心の底に住み着いている。ヒト、モノ、カネ、情報、技術が国境なきがごとく自由に地球を行き交う現代においては、旧来の国民国家という空間 (領土) も国民国家が紡いできた時間 (歴史) もその意味を失いつつあり、つまりは空間的、時間的な「境界」概念の希薄化が進んでいるのだが、 これをよしとする思想がポストモダンの世界観だということができよう。 それゆえこの思想にコミットする論者は覇権国家や国民国家体系の「無効化」が新しいアイデンテイテイの確立にとって不可欠だと考えているらしい。 ……東アジアとは、一九世紀的ナショナリズムの渦巻く広い地域の中に、ポストモダンの日本がひとり孤独にぼつんと位置している奇妙な地域だと先に記したが、この理解を前提にしない以上、東アジアの地域秩序をいくら論じても空しい。空虚なる議論の典型が「東アジア共同体」論である。 …」(.辺利夫 : 「新 脱亜論」 (文春新書))

 

.経済

傾向

目的・

安全保障

ポストモダン モダン

プレモダン

情報産業

工業

 農業

協調的

 主権的

 

帝国しからずんばカオス

個人の消費 と発展

富国強兵

 

宗教による

 正統制維持

信頼関係

勢力均衡

 武力誇示

(古田博司 : 「日本文明圈の覚醒」 (筑摩書房) による)

「人間の大脳の中心に有るのは脳幹である。呼吸など生命の維持に直接関わる(命の座)

である。(サメの脳ともいわれる)その外側を覆っているのが、古・旧皮質である。 (本能と情動の座) である。(これは哺乳類の脳である)。その外側を覆っているのが新皮質 ((知 ・情 ・意の座)==理性) (人間の脳) である。

国家も人間の脳のように、重層的構造でなくてはならない。

脳幹や旧皮質のような、原始的ではあっても、生命の中枢、生存本能を司る部分を欠いてはならない。国家にとっては、これらは、国防・祖国愛・自国の歴史の誇り、といったものであろう。 ポスト ・モダンの「国家」も、内部にこのような、ポスト・モダン的でない、確固たる核がなくては、「国家」として存続できないだろう。

アメリカにはポスト ・モダンはおろか、モダン、プレモダン的な要素も強く存在する。 これがアメリカという国家の強さだと思う。

「原始仏教では、「人を殺してはいけない」「戦ってはいけない」と説かれていますが、この両方の教えを守ると国が滅びるのです。 そのため、釈迦族も減びました。 仏教のこの思想をそのまま実践すると、国家としては減びる可能性が極めて高いので、これを中道に戻す必要がある。」

(大川隆法 , 「国家の気概」 (幸福の科学出版))

国家の三要素あるいは、国家を支える三本の柱は、「国防」、「経済」、「国民の精神」である。 このバランスが悪いと国家は亡ぶのである。お釈迦様もこのことをご存知なかった。 あまりに進歩しすぎた理念を実践すると国が亡ぶ。

原始仏教の教えと、 「戦後レジ~一ム」 ( 日本国憲法、日米同盟、東京裁判史観) という国家の基軸は、その精神が類似しており、それ故か現在の日本国も、「国防」 と 「国民の精神」は奇形で発育不全のままだ。 これは伊藤貫氏の言う 1 / 3 国家であり、重層構造にほど遠い国だ。

 

「古今東西、 どこの国でも「国防は、国民道徳の重し」だと言われています。国防の大切さを忘れた国では、国民の間で大きなモラルの崩れが起こることが世界では常識とされているのです。

(中西輝政:「教育勅語換発百二十年を迎えて」(日本の息吹・平成22.11))

「苛烈な帝国主義の世界がどれほどの危機感を当時の日本人に抱かせたかは、大東亞戦争以後の日本人には容易に想像がつかないかもしれない。ゆえに独力でそれに対し、国の独立を全うしようとした苦悩の軌跡を野蛮な侵略行為などと簡単に口にできるとは無知の極みです」 (「日下公人、安倍晋三 : 「「戦後体制」からの脱却なくして国起たず」「正論」 (平成22.10))

大東亞戦争に対する誤った反省から、現在の日本国には、「自分の国は自分で守る」 ことを白明とする道徳観 ・価値観がない。このような道徳観 ・価値観こそ、重層的国家の核心をなすものだ。

「 核攻撃に対する抑止力は核以外に無く、アメリカへの核報復能力を持つ国の核攻撃に対するアメリカの核の傘は機能しないと考えるべきである。したがって、究極的には、自前の核以外、自国への核攻撃を抑止できない。 (要旨)

( 伊藤貫 : 「中国の「核」が世界を制す」 (PHP研究所))

現在の日本国の欠陥は自主防衛能力がなく、また自主防衛をやる気概のないことだ。 日米同盟、国連外交も大切だが、先ず、 自主防衛という核がなくてはならない。国防にも重層的構造が必要だ。

現在の日本国を覆う閉塞感が言われて久しい。 しかし、国家の体をなしていない、 1 /3国家体制 (戦後レジーム) の下で60数年経てば、閉塞感どころか、国が亡んでも全く不思議ではない。早急に国家の基軸を正さねばならない。-…という方向に議論が進んでいかない。(前出の「蒟蒻問答」の最後は、このことを言っている) 後世から見れば、これこそ歴史の一大奇観だろう。

自主防衛なき、反国家的性格の濃い、グローバリズム、 TPP、ポスト ・モダンの方向は、確実に亡国への道だ。日本は先進的でなくとも、重層的で強固な国家を日指さねばならない。

author:縁の下の力持さん, category:-, 11:42
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平成22年度自衛隊記念日観閲式見学記
 

平成22年度目衛隊記念日観関式見学記

              

                 会員 小西正明

 

平成22年度自衡購記念日観関式に参加しました。

陸上自衛隊の施設内でのイベントには初めての参加でしたが、観閲式は陸上自衛隊の朝霞駐屯地で行われることから、都心部からの交通アクセスも良<、問題なく到着することがでできました。

 

現地入場口での持ち物検査では、ペツトポトルの持ち込み禁止や金属探知機でのチェックなど、空港と同等の検査を受けました。主要聞僚が参加される政治的イベントであることは理解しておりましたが、対テロ対策が必要な時勢の中で生活している事を肌で感じました。

 

観閲式の開始にあたり、陸・海・空合同音楽隊の徒歩部隊、防衡大・防衡医科大・高等工科学校等の学生による徒歩部隊、陸・海・空各自衡隊の徒歩部隊が見事な隊列を組み眼前に整列していきます。式の開始前ではありますが、この一系乱れぬ姿からも自衛隊の練度の高さをうかがい知ることができました。

 

また、今回の観閲式には参加することの出来ない防衡大学の1年生が、観覧席の脇で整列し先輩姿を見つめていました。

彼らの、開始前から終了時まで背筋を伸ばし、姿勢を期さず観閲立ち続ける姿にも感動を覚えました。

 

各部隊の整列が終わると観閲官が臨場し観閲式が開始されます。

開始早々に儀仗部隊による栄誉礼があるのですが、自衡隊3隊の中から選ばれた人材により編成された部隊だけに、その動作の一つひとつが美し<洗練されていました。

 

総理大臣が巡閲・観閲官訓示を行った後、メインイベントである各部隊による行進が行われました。

 

陸・海・空合同音楽隊を先頭に、各学生の徒歩部隊、陸・海・空の徒歩部隊、女性自衛官のみの徒歩部隊が隊列を組み行進していきます。

陸・海・空の徒歩部隊が通過する際には、流れる音楽が各自衛隊の行進曲に代わり、それぞれの特色をもった行進曲を聴<ことも出来ました。

 

徒歩部隊に続き、飛行部隊の観閲飛行、車両部隊による行進が続いていきます。

 

AH-64D、 US-2、べトリオット部隊等の新装備や、 90 式戦車部隊の隊列など、日常生活では見ることの出来ない自衛隊の装備の数々を目の当たりにし圧倒されました。

 

今回、観閲式に参加できたことで、自衡隊の威容と実力を肌で感じることができ、各隊の日々の厳しい訓練と努力と充実した装備により、私たちの平穏な生活を支えて< れているのだと改めて気付かされました。

 

機会がありましたら、またぜひ参加させて頂きたいと考えております。

author:縁の下の力持さん, category:-, 14:22
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富士総合火力演習観戦記
 
 富士総合火力演習を見学して

 

平成22829(日曜日)

静岡県御殿場市東富士演習場(畑岡地区)

 

今回日本国防協会様の好意によって、入場券を入手することができましたので、本年初めて、東富士演習場における「陸上自衛隊 富士総合火力演習」を見学して参りました。

 この富士総合火力演習は、昭和36年度に富士学校の学生教育の一環として毎年実施され大変歴史ある演習であります。

 早朝3時に地元を車で出発し、現地に到着早朝5時に到着したときにはかなりの渋滞が発生しておりました。渋滞に巻き込まれながら何とか駐車場に到着しました。そこからシャトルバスにて演習会場へ、すでに多くの観覧客が前列ならびにスタンド席に座っていました。今回頂いたスタンド席での演習初見物となりました。

 

10時より、「目標地域」・「識別」・重砲等の標的の説明、演習のプログラム「前段」・「後段」の説明等が実施されました。

1020分頃、突然西方上空よりF-2A戦闘機2機が現れ空対地爆撃を皮切りに前段演習の始まりです。

「前段」は「陸上自衛隊の主要装備の紹介」であり陸上自衛隊の現行の装備が「遠距離火力」「中距離火力」「近距離火力」「装甲機動打撃力」の順に紹介と射撃を実施していき、前段演習最後に90式戦車の射撃が披露され空気を切り裂き体全体に衝撃が伝わるほどの射撃音でした。

 

15分の休憩後「後段」演習の始まりです。敵部隊の殲滅を想定した攻撃演習、航空偵察、攻撃準備射撃、前進支援射撃、実にテキパキとスムーズに演習は行われ、全体を通して正確な射撃、標的に正確に命中する光景は、世界に誇る陸上自衛隊の真の姿、世界最強であると確信しました。演習も最後のクライマックスになり全部隊の総攻撃で会場は最高潮に達し12時に終了しました。

 

規律厳守士気闊達、誠に見事な演習で感動いたしました。

演習が終わり車両引き上げ時観客に手を振り、各自衛隊員が応えて笑顔で大きく手を振っていました。この光景を見て私は、この自衛隊員が実戦に巻き込まれその命を落とさせないように我々国民がしっかりとしないといけないと感じた次第です。

 

 災害派遣、国際貢献で世界に活躍が評価される自衛隊ですが、陸上自衛隊本来の姿はこの演習にあるのではないかと私は実感いたします。

 私たちが平和で暮らせるのは、日本国民の為に、体を張って守ってくれる自衛隊がいるからです。今後も自衛隊のますますの貢献に期待いたします。

 

このような機会を与えてくださり、日本国防協会の皆様には大変感謝申し上げます。

有り難うございました。

 

会員 塚本一徳

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国民国家に帰れ
 

国民国家に帰れ


   
"
坂の上の雲"に描かれた明治国家は、司馬遼太郎さんのいうよ
うに、「国民国家である」という一点で清国やロシアに勝っていた。

現代でも国民国家は民主主義と相性の良い最強の国家システムである。 鳩山政権に最も欠けているのは「国民国家という視点である」

   (麻生()酎目も、著書:「とてっもない日本」(新潮社)の中で「近代の生んだ呪縛"国民国家」という表現で国民国家を否定的に捕らえている。)

  スーパーコンピュータ予算の否決など事業仕分けに大活躍の蓮肪議員に言及して、山内昌之氏は以下のように述べる

   「・・さて蓮紡氏の発想は、中国経済に日本が抜かれても当然という鳩山首相の発言にも通底するのではないか。国家意識が希薄というよりも国家観念の欠如"を疑われる首相というのも、世界史上で珍しい。」

   (「白虎隊長の嘆き」(産経新聞 20091126))

  国家観念が欠如した、すなわち国家とは何かが分っていない首相が登場し、国政を担当している。国家戦略が無く、外交・国防の方針が滅茶滅茶なのは当然のことか?

  日本はやり方次第では、「品格ある世界最強国」にもなり得る十分な潜在力があると思う。国民に日本国の磐石の未来を強く確信させ、気概と希望に満ちて平成の "坂の上の雲"を目指すことは可能であると思う。"坂の上の雲"の明治の日本人、戦前の日本人の持っていた気概・精神力を取り戻し、現代日本の科学・技術と経済力を併せ持った国を目指すべきだ。
そのためにも、日本は他国の追随を許さ
ないレベルに科学・技術力を高めることに、国家の人的・物的資源

を集中すべき、子供手当ての支給よりは遥かに国家の将来につながる。
これはまた、抑止力としての平和的で強力な潜在的軍事館力を
保持することでもある。国民国家とは一言で言えば 「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」といぅ精神を持った国民の国家である。

「靖国神社は、何のためにあるのか。それは祖国のための犠牲を顕彰することが、近代国家には不可欠だからである。近代国家がその存立のため、国防のため、対外戦争に備えるために外ならない。・…-国防の努力が、主権国家にとって欠かすことが出来ない以上、日本国には靖国神社が必要なのである。近代の初めから、国のために戦った人達を顕彰する事が、次の戦いに対する最も基本的な備えであり、またこれから戦地に向かう人々に対する最低の礼儀である。

戦後日本において、国軍の統師者たる総理大臣が、靖国に赴くことは、第一の義務である。」(福田和也:「次の総理はどうすべきか」文芸春秋 平成I88月号)

を簡潔に表現した文章,国家・国防とは何か、靖国神社とは何か、だと思う。

鳩山首相には国家といぅ観念がないから、国が亡ぶなどといった危機感も全くない。

靖国参拝が念頭にないのは当然のことだと思う。「戦後レジーム」の致命的な点は、国家の概念がが見事に欠落していることである。日本人は 「人民」である前に、国民国家の「国民」国家・国防という視点「市民」、親中派のようでなければならない。

「普天間基地の移転をめぐって民主党政権が揺れている。事態の推移によっては日米同盟にひびが入りかねない情勢だ。・…‥民主党政権が国内事情を優先し、日米同盟を場合によっては 「維持できなくても仕方がない」と考えているのであれば、日米同盟は劣化を免れないだろぅ。その結果、日米同盟が破綻すれば、日本に残された道は一つしかない。「自主防衛路線」による軍備増強である。
現在の日本が置かれている厳しい国際環境からみて、軍備のない中立路線
は夢としてならともかく、現実には選択肢になりえない。そうなれば、日本は防衛予算を何倍にも膨張させざるを得ず、また、周辺国の多くが核保有国である以上、行きつく先は日本も核武装するといぅことになるはずだ。

 「日米同盟を何が何でも死守する」というのは国辱外交でも何でもない。立派な外交戦略である。
この戦略を成功させることができれば、日本は核武装に
至る軍拡路線に進まなくてもよいし、アジアで孤立することもない。

そうでない場合に比べて想像を絶するメリットを日本国民にもたらす。

逆に外交戦略を間違え、日米同盟にひびが入るようなことになれば、日本は再び軍事大国への道を歩むといぅ大失敗を犯すことになる。」

 (中谷 巌:「国を危険にさらす単純な正義感」産経新聞 「正論」2009I2I)

  前半の部分については全くその通りと思う、しかし、これって悪いことなのか?、日本が独立・自尊の "国家の正道"に立ち帰ることではないのか?。もっとべタ一なやり方は国民の総意によって憲法を改正し、日米同盟の義務を 200%果しつつ、アメリカに文句を言わさない形で自主防衛・重武装の国家を目指すことだと思うが、「戦後レジーム」の毒が国民の各層に深く浸透している現状ではこの道は実際上困難であり、(大変な犠牲が生ずると思うが)鳩山政権がやろうとしている "ショック療法"が唯一可能な方法かもしれない。
表面上はバカとしか見えない対米外交の意図せざる真意がここ
にあるとすれば、鳩山政権も捨てたものではないと思う。

この 「正論」の後半の主張はおかしい。戦後日本を支配する 「戦後レジーム」という病的精神の表現そのものである。
現在の日本で
は自分の国は自分で守るといぅ姿勢を放棄し、外国に国防の根幹
を依存し続けるべきだという主張が 「正論」なのである。
こんな
奇妙な国があるだろうか?

  小沢幹事長の 日米中は正三角形"の関係であるべきだ」という主張は、中長期的に見れば基本的には正しいと思う。アメリカの属国で良しとする日本の保守勢力よりはまともだ。
しかし、この関係
と不可分なのは、日本の自主防衛・重武装、自己完結的軍備の保有
である。
これを伴わない単なる三角形論は子供の論理であり、女子
高生レベルの浅薄な理想論にすぎない。

  国民国家、独立国、民主主義国家、すべて国家というものは本来自分の国は自分で守る」が基本である。国家の存続のためには、自主防衛能力を持ち、自衛のための戦争が出来る国防体制を整備するのは当然であり、必要ならば軍事大国にもなる、というのが本来

の国家の在り方だと思う"外国に国防の根幹を依存し、国防の努力をできるだけしないことにメリットを見出すといぅ国は 「属国肯定論」を正論とする 「道徳破綻国家」であり、国家として存続する資格のない国である。

 

                         会員  小林正和

 

 

 

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アメリカの核の傘の下 日本は滅ぶ
 

アメリカの“核”の傘の下 日本は滅ぶ


 大東亜戦争中の話である。潮 匡人氏が「憲法
9条は諸悪の根源」(PHP)の中で以下のように言っている。「・・・・かって日本が真珠湾を奇襲したことで、アメリカ中のキャンパスが空になった。一斉に大学生が軍隊に志願したからである。軍の募集所には長い行列ができた。戦時中すら「学徒動員」の日本国とは対照的である。・・・」、悔しいが、このアメリカの大学生の行動こそ民主主義の真髄であり、核であると思う。アメリカは戦後日本に民主主義を教えたことになっているが、この肝心の部分をわざと除いた“民主主義の形骸”を教えてくれた。“核”なき民主主義とでもいうべきか、それ故かどうか、本来、国民が強い国家意識、愛国心を持つことと民主主義は矛盾しないどころか、これらの基礎の上に築かれる民主主義こそ本物であるのに、「自分の国は自分で守る」という民主主義の真髄を置き忘れた、奇妙な“民主主義国家日本”ができてしまった。戦後レジームの大きな成果である。

 

 今でも、当時の事を報じるテレビは、「学徒動員」について、「あってはならないことが行われた」というニュアンスで非難するが、以前、小室直樹氏が本の中で、「日本は真面目に戦争をしていなかったのではないか、当時のエリートである大学生が、国家の非常時にどう行動すべきか解っていなかった、軍国主義としても落第である。」と、「学徒動員」を例に出して、潮 匡人氏と同様に、テレビとは逆の意味で非難していた記憶がある。

 かって、「“核”なき国家は“核”なき女性と同じで意味がない」と、いささか品の悪い例えを用いて、核武装を主張した学者がいた。

 “核”なき国家であり、“核”なき民主主義の国日本は、前出の学者風に表現すれば、究極の“核”なき女性である。

 現代の日本で、“反戦・平和教”、“非核信仰”などという、ヒステリーを想わせる、合理性に乏しい、極めて感情的な“オカルト宗教”が、“国教”となっているのは、その故か?。

 国家は、ナイーブな理想を主張するのではなく、現実的で、したたかな姿勢を堅持すべきである。すなわち、自主防衛能力を保持し、自衛戦争が出来る国防体制を整備し、十分な軍事的実力を持った上で「反戦・平和」を主張すべきである。また、核大国になってから、「非核3原則」、「世界の核廃絶」、「核の不拡散」を主張すべきである。自衛に“核”は含めないという当たり前の前提を置けば、核大国と非核の主張は矛盾しない。“核”なき国家である現代の日本は、アメリカの核の傘の下で安心している。(これも矛盾である)しかし、アメリカの核の傘には、既に多くの人たちが指摘しているように、大きな問題点がある。

(1)日本を独立国にさせない拘束であり、また有効性に疑問

独立国は、自主防衛できなければならない。理由は、“自主防衛できる

国”というのは、独立国の定義であるからである。また、核兵器と言う現代で“最強の武器”を持たずして、自主防衛が出来ないことは、子供でも分かる理屈である。したがって、真の独立国たらんとすれば、好むと好まざるにかかわらず、核武装しなければならない。(特に、現代の日本の置かれている東北アジアの情勢下においては)ここで、アメリカの核の傘は日本が真の独立国になることを妨げる拘束となる。また、アメリカを核攻撃できる能力を持つ中国のような国の“核”に対して、アメリカの核の傘が機能しないのは明白であり、自前の“核”のみが抑止力となる。

(2)日本人の倫理・道徳を止めどなく破壊する

「『自立した軍事力』を持つことが出来ない日本がまずやるべきは、自

らの防衛力の現状を踏まえた『日本モデル』を国際社会に向けて明確に示していくことである。これは、『日本は今後も軍事的に自立しない。足りない部分はアメリカとの同盟関係で補う道を歩んでいく』という宣言によってリアリテイを持ち、外交的に大きなメリットをもたらす。」(小川和久「日本の戦争力」)

 この主張は、何処が間違っているか?。この主張の前提にあるのは、日本は独立国ではなく属国で良いという「属国肯定論」である。国防は独立を守るために行うものであり、属国で良いのであれば、初めから国防論など不要である。小川氏は石破元防衛大臣も尊敬する日本屈指の軍事専門家である。このような人物が、まるでアメリカ、中国の代理人のような発言をするところに、“核”なき国日本の面目が躍如としている。

 「自分の国は自分で守る」ことをやらない国は真の意味の道徳を持てない。「国家の品格」など問題外である。属国に「国家の品格」など無い。属国で良いという国は、国民の倫理・道徳が止めどなく荒廃し、亡国の運命が待っている。日本は憲法を改正し、“核”を保有する普通の民主主義国家として独立・自尊の国を目指すべきである。それ以外に、日本の生き残れる道はないと思われる。
               兵庫会員 小林正和

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日本がアジアにおいて生き残るために

 

日本はアジアにおいて生き残れるか

 

隣国中国では、毛沢東以来練られてきた海洋戦略に基づき海軍力の増強を図り、ここに来て、南及び東シナ海において海洋権益を確保するために本格的にその行動を拡大しはじめた。

海南島沖の南シナ海で38日、中国船5隻が米軍調査船に異常に接近し航行を妨害した問題で、中国政府は「米艦は中国の許可を得ずに中国のEEZ内で活動した」として、関連活動の即時停止と類似事件の再発防止を米国に求めている。

中国のこのような権益確保の行動は、日本と主張がぶつかる東シナ海でも強化されている。

昨年12月、中国船2隻が尖閣諸島沖の日本領海内に9時間にわたって侵入した事件では、中国紙は「主権を示す」ための行動であったと明らかにしている。

日中合意に反する形でのガス田開発でも、「中国のEEZ内に位置する」として日本の申し入れに耳を傾けない。

このまま行けば、東シナ海の海洋資源は、根こそぎ中国に奪われてしまう恐れがある。

428日には、中国海軍の創設60周年を記念して、初の「国際観艦式」が青島において挙行され、中国版イージス艦などの最新鋭艦が披露され、「外洋型海軍(ブルー・ウオーター・ネイビー)」を目指そうとする中国海軍の威容を世界に見せつけた。

中国はその権益確保のための行動をより拡大するために、近々「空母」も保有するという。

2016年までに、2隻の中型航空母艦(5万〜6万トン)を完成し、ロシアから購入した旧ソ連海軍の大型空母「ワリアーグ」(約6万トン)と3隻体制の運用を始めるという。

やがて、この3ケ空母機動艦隊により、シナ海そのものが中国の内海になってしまう恐れがある。

一方北朝鮮は、国際社会の総意を無視して45日、弾道ミサイルを発射した。ノドン・ミサイルの射程に入っている日本としては、国民の生命と財産を守るために、何らかの対応処置を準備しておく必要があると、身の危険を感じた国民も真剣に考え始めたようである。

しかし政府は、このようなアジアの軍事情勢の現状を承知しながら、毎年のように防衛力を削減しており、わが国の安全保障を如何に考えているのか、疑問を禁じ得ない。

近く「防衛大綱」の改訂も予定されているが、中国の「多少の対外摩擦も恐れない海の支配強化」に如何に対処して行こうとするのか、明確な考え方を聞きたいものである。

 

 

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もう「戦後レジームごっこ J は止めよう !
 

  もう<戦後レジームごっこ>  は止めよう !


 今は昔、1920年、戦艦「長門」
が呉工廠で完成した。世界最初の16インチ砲戦艦の誕生である。当時の新聞は「軍艦の王者竣工す」という見出しで長門の勇姿を報じた。

 輝かしい大日本帝国の時代の一風景である。本艦と同型艦「陸奥」の名は、戦前の日本海軍の象徴であり、戦前の日本国民の誇りであり、また日本の国威の象徴でもあった。

経済・技術後進国で、あった当時の日本が、初めて世界に通用する一流戦艦を造ることに成功したものであり、両艦は、米国メリーランド型3隻、英国ネルソン型2隻と共に世界7大戦艦と称された。

 一流戦艦は、当時のハイテクの塊であり、地上最強の兵器でもあった。 ( 当時の一流戦艦は、現在の核兵器と原子力空母、原子力潜水艦を合わせたものに相当する?) 「陸奥」、「長門」に当時の日本人の国防に対する真撃な努力と情熱、白人の列強に伍して、 日本の独立を全うせんとする国家の気概を観ることが出来る。


 これに比べ、現在の日本はどうか。伊藤貫さんは以下のように
主張している。「たった一回、戦争に負けただけで、『自分の国は自分で守る』という当たり前の義務を果たすことをやめてしまった日本は、今後、『偉大な中華帝国』の属領となるだろう。


 そして、日本が中国勢力圏に併合されても、世界中、どこの国も日本に同情しないだろう。日本という国は、北朝鮮が核武装し、日本の女性や子供を拉致しても、自国の国民を自分で守ろうとすらしない国である。

 そんな卑怯な国に同情する国など、世界に存在するわけがない。筆者は、日本がなすべきことは三つあると思う。 

 一つは自主的な 核抑止力を含む自主防衛能力を構築することである。米中両政府は、 東アジアにおいて日本だけが核を持てない状況を作り、日本の自主決定権と発言権を否定しようと企てている。キッシンジャー、ペリー、ライス、そして中国政府の戦略家が提唱している「北東アジア安全保障機構」とは、実は「米中による日本封じ込め機構」のことである。  

 このような日本にとって不利なシステムが作られるのを限止するため、日本は自主防衛能力を構築しなければならない」( 「正論」2009・1) 

本当にそうだろうと思う。

このような真っ当な国防論と比較すると、田母神論文に対して示された政府、マスコミの反応は絶望的なほど低次元、かつ見当外れである。正に、「戦後レジームごっこ」とでも言う外ない。

田母神論文批判に用いられるシビリアン・コントロールとは、戦えない軍隊を作ることではない。小賢しい議論よりも、日本の国防は、“自分の国を自分で守れる精強な軍隊” 、“自衛戦争を戦える軍隊 、“アメリカの核の傘のごとき Virtual なものに頼らない自主防衛能 力を持つ軍隊”を作ること、が先決であるはずなのにこのような根本的な議論は殆どなされない。

日下公人さんは以下のように述べる、「自国の正義を信じない軍隊に国防の任務など果たせるはずがない。自衛官は自虐的な歴史観から解き放たれていなければならないのだ。 ( 「正論 」2009・1)

戦後レジーム ( 日本国憲法、日米同盟、東京裁判史観 ) というのは、憲法の前文と 条に観られる如く国家・国防に対する徹底した現実感覚の欠如と、米国の核の傘に観られる Virtual Reality 、そして東京裁判史観に観られる正邪が逆になった歴史観を特徴とする。


戦前までの日本人が偉いのは、一国の独立がいかに大変な緊張をともなうか、身をもって知っていたことです。これに対して戦後の日本人は、日米安保体制という事実上の隷従を、「同盟」という名で糊塗することで、まったくわからなくなってしまった」( 日下公人・高山正之・「日本はどれほどいい国か」 (PHP)) 、「戦後レジーム」とは、このように現実から遊離した“ごっこ の世界でもある。
 また、「戦後レジーム」
は「日本を一人前の国にさせないための枠組み」であることを考えると、これを続けることはほぼ自動的に国が消滅する結末を迎えることを意味する。また、現在の日本が自主防衛をやろうとせず、「独立忌避の精神」に支配されているのも「戦後レジーム」の呪縛のせいである。「戦後レジーム」の枠組みからはみ出た田母神論文を、「戦後レジーム」の枠組みに安住している日本人が非難するのは、とても滑稽なことであると思う。


 前記、伊藤氏の文章を読めば普通の日本人は大きな怒りを感じるはずだ。アメリカは老獪にして不道徳な国である。しかし、このままでは、近く国が存亡の危機に瀕するのは明確であるのに、国防に関しやるべき事をやらず、相変わらず「戦後レジームごっこ」をやっている現代の日本人は、先人達および後世の日本人に、これ以上ない程の裏切行為をやっていると思う。この不道徳さは遥かにアメリカを超える。日本は「戦後レジームごっこ」を止め、後世の“日本人”
が“中華人民共和国日本自治区”に生きるという悪夢そのもの事態にならないよう、軍事的に、そして精神的にも、平成の「陸奥」 、「長門」の建造を目指すべきではないか。

              
                               神戸 会員 小林正和

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日本は「品格ある強国」たれ!
 アメリカに支配された将来の世界は、考えただけでうんざりであり、中国の支配する世界は悪夢でしかない。独立自尊の「品格ある強国」としての日本が屹立している世界こそ、日本は勿論、世界の人々にとっても良き世界であると思う。

現在の日本は平和国家を標榜しているが、現実の日本国は本当の意味の平和国家ではなく、自力で自国の平和を担保する能力のない国である。
日本国憲法の推奨する外国に全面的に依存する平和は、外国の都合次第で、何時でも容易に、現在のチベットのような悲惨な状態に陥る危険がある。
真の平和国家というのは、「自主防衛」能力を持ち、自衛戦争のできる国防体制を整備し、十分な軍事力を持った上で、あくまでも、平和主義の外交を行う国である。この様な国は「品格ある強国」と言ってよいと思う。

日本国憲法は、日本の体内に埋め込まれて、粗悪で気色の悪いホルモンを絶えず分泌し、日本を
奮い立たせないカプセルになっている。
現代日本の大きな欠陥は、「平和憲法」を未だに遵守していることでも分かるように、軍事に対するリアリズムが徹底して欠けていることである。「自分の国を自分で守れない」ような政治的に半人前の国家が、経済・技術だけ一人前であり続けることなど不可能であろう。

憲法のせいと言うよりは、日本民族のDNAに起因しているのかもしれないが、日本は母親的女性原理(女性ホルモン支配)の国である。国民に対し優しい国であり、これは世界に誇れることである。だからこそ、日本が世界の指導国になることが、世界に民の幸せに繋がると思う。
国家の内政は、出来るかぎり女性ホルモンの優しさで行わなければならない。(平時に、自国民数千万人を死なせた、毛沢東の政治はこの逆を行った)
しかし、外交・国防は男性ホルモンの力強さで対処しなければならない。現代日本の奇妙なところは、外交・国防までも、女性ホルモンの命ずるままであることである。
教育勅語にある「・・・・一旦緩急あれば義勇公に奉じ・・・」と言う精神は「軍国主義」、「民主主義」を問わず、国家が国家である限り、国民が持つべき心構えである。戦前の日本は、そうならざるをえなかったせいもあるが、益荒男の国であった。
しかし、大東亜戦争の勃発に際し、アメリカの大学生が軍に自発的に志願したのに対し、日本は「学徒動員」の必要があった。当時の日本においても、女性ホルモンは十分に機能していたことが分かる。

石平さんは「昨年末に帰化して日本国民の一員になりました。それは来日して悠久の歴史に育まれた美しい文化と伝統を学び、傾倒しつつ過ごしてきた
私の心の到達点でした。今年の1月3日に伊勢神宮に参拝し、3月24日に靖国神社に昇殿参拝させて頂きました。この二つの通過儀礼をもって、自分自身としては身も心も日本人の一員になったつもりです。・・・・この国を守る為に命を捧げられた靖国神社の英霊に敬意を払うということが総理大臣として当然の努めであり、国の精神、また安全保障にも大事なことです。
また、憲法9条によって日本民族の安全と存続を託しているが、そんなものに民族の安全と存続を託しているような国は国家じゃない。憲法を放棄して、日本人による日本人の為の憲法を作り、この素晴らしい国を守って行きたいと思います。」と言っている。(石平:”日本人1年生からの提言”「日本の息吹」平成20年5月号)
歴代首相を初め、我々”日本人先輩”はこれを読んで恥ずかしくないか?、日本人1年生の石平さんの方が遥かに日本人らしい精神、確かな憲法観を持っている。

「品格ある強国」、別の表現をすれば、精神的には、戦前の日本にあった「益荒男の精神」と現代日本の「女性的な優しさ」を併せ持つ国である(”気は優しくて力持ち”)。物質的には、戦前の軍事力と現代日本の経済・技術力を併せ持つ国である(”富国強兵”)。
現代の日本人は「富国強兵」は古臭い考えであり、既に卒業したと思っているが、アメリカ、中国を持ち出すまでもなく、独立自尊の国家であろうとすれば、「富国強兵」は現代でも、国家存立の根本であると思う。外国に国防の根幹を依存しながら、「平和国家」などと言っているのは、欺瞞と甘えと倒錯以外の何物でもない。

「軍事と経済は車の両輪」といわれるが、「品格ある強国」はこの両輪のバランスの良い国である。「品格ある強国」としての日本は「自主防衛」能力を保持した上で、アメリカと対等の立場で同盟を結び、中国とは、やりたければ「日中友好」をやれば良い。
「自主防衛」能力なき「日中友好」は、中国に「併合して下さい」と言っているのと同じである。経済力、技術力があり、いくら高感度が高くても、誠実で優しいだけの国家は生き残れない。国家には小賢しい議論を超えた「益荒男の精神」が必要である。
                  (兵庫 小林和夫)


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