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喜んでよい事なのに
 

 喜んでよい事なのに

 
 オスプレイは危ないから搬入・配備は反対だと騒いでいる。危ないのは当た
り前だ。

理論的には空中に浮くのだろうが、あんなのが飛ぶこと自体危ないのであっ
て、所詮は金属の塊りである。

今にも頭の上から落ちてくるようなことを云っているけれど、オスプレイで
なくても、飛行場に行って見るとドデカイ飛行機がいっぱいあるではないか。
 あれは危なくないのか。

自分がイソイソ嬉々として乗るのは大丈夫で、オスプレイは危ないというの
は、どう考えてもおかしい。

人間の造ったもので、「絶対に安全」と云えるものはないと思っている。

時代の進展とともに、科学技術は進化していくのだろうが、その時々の科学
技術に照らして安全だと云えるのであって、絶対はあり得ない。

危ないから搬入・配備は駄目だというのは、云いがかりであって稚気(児戯)
にも等しい。

軍備反対⇔オスプレイ⇔アブナイ⇔搬入・配備反対の図式で眼を三角にして
いるのだ。反対のための反対であって、その理由が見つからないものだから
「アブナイ」を持ち出したのだろうと思っている。

何しろ民主党は選挙の時、自治労等の組合から支援を受けて政権を得た党だ
から、議員は猛烈な抗議と陳情を受けていることは想像に難くない。
 だから民主党議員は必死に反対しているフリ若しくはホンキを見せてその
姿勢をマスコミ・地元民に発信しなければ、次回の選挙で落とされることは
間違いないと思っているのだろう。

内閣改造で防衛大臣に指名された森本敏氏は、オスプレイ配備の意義は誰
よりも知っている男で、選挙で組合から選ばれてはいないからもっとも政治の
シガラミに遠い男でもある。

野田首相は思い切ったことをしたものだと思っている。

今回のオスプレイの搬入・配備は、車に例えて云えば、四十数年前の車を
改良しつつ部品を交換し、整備に整備を重ねて使っていたけれど時代遅れは
否めず、最新のハイブリット車に買い替えるようなものだと思っている。

だから性能等は、現用のヘリコプターと比べ物にならないと聞いている。

高額の資金を投入して十年以上も前から開発を始め、現時点では安全だと
いうことで、はるばる地球の裏側から運んできているのだ。
 今さら、やめる!と言うはずがない。

戦(たたかい)にどのような武器・弾薬・車両・航空機・艦船・ロケット等
の装備を使うかは、使う人の自由である。

性能が戦いの勝敗を決める大きな要因だと云ってもよいから開発競争は熾烈
を極める。

勝つためには手段をえらばないことは、アメリカが前大戦で日本に原爆を
2発も落とし“無辜(むこ)の殺戮”をやったではないか。

いずれの国も自国の平和と安全を守るのに自前だけではトテモ無理だから、
日本はアメリカと安全保障条約を結んで同盟関係にある。

アメリカにも色々と問題があって気に入らないことが多々あるけれど現在の
ところアメリカに代わる国は無いと思ってよいようだ。

それでも、自国のみで守れないのか?という人がいる。

スイスのように永世中立国になればよいのだろうが、GDP(国民総生産)の
1%で抑えら

れている防衛費を国家予算の数十パーセント計上することに我慢できるか。
国民皆兵という制度に耐えられるか。例えば第二次大戦中のスイスように
自らも 200機を犠牲にしながら 7,400回近く領空侵犯した連合国・枢軸国双方
の軍用機 254機をその都度撃墜するだけの覚悟があるのか。

それでは、軍備は持たず国を守るという考えを放棄すればよい!と云う人が
いる。

「力の空白は侵略を招く」ことは歴史上の厳然たる事実であって、平和と
安全をお題目として念仏のように唱えれば安心して飯が食えるというものでは
ない。

日本人は歴史上、外国から奴隷としてしいたげられたことがない国だから、
一度経験してみるのも良いのだろうが、その覚悟はありや否やと問いたい。

イヤイヤ終戦後そのような時代があったではないかと云う人もいるだろうが、
諸外国の歴史から見れば幸いなことに奴隷的扱いには程遠いものであったよう
に思う。

オスプレイの搬入・配備に当たってアメリカのために危ない思いをすること
自体トンデモナイというのだろうが、結局は日本のためでもあるのだ。

つまり、日米双方集団的自衛権を発動して補完しあうということだが、日本
の方が得るものが大きいことは、戦後の日本発展の経緯を見てみれば分かる。

オスプレイはアメリカ海兵隊の主力兵員輸送機で現用の大型ヘリの後継機で
ある。

飛行機とヘリの機能を併せ持ち、ヘリに比べ騒音が少なく、速度は約 2倍、
搭載重量は 3 倍、航続距離は 6倍の 2,200km。沖縄配備で尖閣列島の
みならず九州や朝鮮半島までもカバーできる空中給油可能な垂直離着陸輸送機で
ある。

北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出など日本の周辺環境がキナ臭く
なる中で、アメリカ海兵隊の装備・能力が向上するオスプレイの導入は日米
同盟の抑止力を高めるうえで時宜にかなった歓迎すべきことで、大いに喜んで
よいことだと思っている。

そして、オスプレイが戦力として発揮されるためには訓練が必要である。

日本上空の飛行訓練ルートは何本か決まっているようだが、少ないくらいだ
と思っている。日本全国を飛行してもらって熟知してもらいたいとも思ってい
る。ピンポイントで離発着できることから災害時の際の避難・救助にも大いに
役立つだろう。また、原発が破壊された時、過疎地住民の放射能からの緊急
避難としても大いに活躍してくれるに違いない。

飛行訓練中、飛行ルート下の河川敷やグランドに不時着することが当然ある
だろう。金属で組み立てられた物だから当たり前のことだ。その時それ見た
ことかと鬼の首を取ったように騒ぐ者がいるだろうが、無視すればよいのだ。
逆に、近くの民家の人はパイロットを招き入れてコーヒーの一杯でも供し
「ご苦労様!」とねぎらってやってくれ。

危ないから高い所を飛んでくれ!などと、馬鹿も休み休み言えといいたい。

本当に落ちた時は高かろうが低かろうが物体は下に落ちるのであって落下
地点にいる者は危ないに決まっている。羽田空港や福岡空港の飛行機離発着
状況を見るまでもなく、あれは大丈夫だがこちらは危ないなどと幼稚な話を
いい大人がキツネ顔で物申しているのは笑止千万でナサケナイ。

3.11 の際の日米両軍の「絆(きずな)作戦」にアメリカは戦闘艦船を差し
向けて助けにやってきてくれたが、艦艇は良くてオスプレイは駄目というのは
矛盾も甚だしい。オスプレイ問題で絆が脆くも崩れ去るとは思いたくないので
ある。

だけど、アメリカは同盟国として、中国が領有権を主張する尖閣諸島で事態
発生の際は日

本防衛に踏み切ると公言しているが、実際に発動するかどうかは日本側の姿勢
にかかっていると思っていい。

その疑問は、フィリピンに実例がある。フィリピンは米軍基地を追い出して
いることが日本にとって他山の石となる。米軍撤退の間隙を突き、中国軍は
比領ミスチーフ礁を軍事占領してしまっている。アメリカはフィリピンと
相互防衛条約を締結していたにもかかわらず中国の行動を座視している。
 何故か?

「フィリピン自体が軍事行動を採ろうとしなかった点が最も大きかった」と
アメリカの高官は云っている。

この事は、アメリカ(結局はフリッピン)のために集団的自衛権を発動でき
ないのなら、ワシャ知らん!と云っていることなのだ。

アメリカはイラク戦争に続きアフガニスタンの戦争を継続していて、とても
アジアで戦争に介入することは出来ない状況にあるのだが、中国の軍事占領を
フィリピンの所為(せい)にすり替えてしまったのではないかと思われても
仕方がないと思っている。

7 26日、野田首相は国会で「尖閣諸島を含むわが領土・領海で周辺国に
よる不法行為が発生した場合は、必要に応じて自衛隊を用いることも含め、
政府全体で毅然と対応する」と述べている。
 つまり、尖閣諸島への自衛隊派遣を検討していくという日本としての方針を
遅ればせながら表明したのだ。

尖閣を守るのは第一義的には日本がやる。つまり自分の国は自分で守ると
いう姿勢とアメリカのオスプレイ配備という意志が合致したといえる。

僕はオスプレイ配備の問題よりも首相のこの発言の方が重要な意味を持って
いると思っている。

冒頭から縷々オスプレイの搬入・配備問題を述べてきたが、解ろうとしない
人、解りたくない人にはいくら話しても説明不足と云い続けるだろう。

解る人、解ろうとする人には一言(ひとこと)で電光石火のごとく伝わる
ものだと思っている。とすると、これまで長々と云い過ぎたようだ。

改めて一言でいえば、「オスプレイの配備は日本にとって喜ぶべき事だ!」
で充分だ。

オスプレイ配備は日本にとって一大事!と騒ぐが、それ以上に僕が憂えてい
る事がある。

「一匹狂えば、千匹の馬が狂う」「雁がたてば鳩もたつ」「鴨のとも立ち」
「一犬影に吠ゆれば、万犬声に吠ゆ」「一犬虚に吠ゆれば、万犬実を伝う」
「狂人走れば、不狂人も走る」という同義語の“ことわざ”がある。

実に上手い表現だと思うのだが、云わんとするところは、群衆はわずかな
暗示にもたやすく動かされるという程のことで、マスコミ・ジャーナリスト・
評論家共々大合唱が始まると、僕のナケナシの脳味噌は“ホンマカイナ??”
と竿を指したくなるのである。

戦前から彼等の大合唱によるミスリードは枚挙のいとまがなく、反省は
コレッポチも無いのだが、長くなるからこの事については別の機会に譲ること
にしたい。

僕は人間や社会に幻想を抱かないようにしている。

平和と安全に関しては、常にアクティブでなければならないと思っている
男の独り言である。

                                        投稿者   osaki naosan

author:縁の下の力持さん, category:-, 13:07
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